【AHORAについて】対馬でアップサイクルを始めた理由
2026-06-15

こんにちは、阿比留です。
最近、各地で出展をする度に、
・なぜアップサイクル活動を始めたのか
・AHORAとはそもそもどういう意味か
というお声をいただく機会が多くなりました。
なので改めて、対馬でのアップサイクルのきっかけについて、綴りたいと思います。
1. 旅の中で見てきた海ごみ問題

対馬に移住をする約3年前までは、僕はアドレスホッパーとして全国を旅しながら仕事をする生活スタイルをしていました。
元々システムエンジニアとしてリモートワークで仕事をしていたので、全国各地を転々としながら、飽きてきたら場所を移動する日々でした。
日本だと南は沖縄から、北は北海道まで。
今日初めましての人と夜一緒にご飯を食べる毎日。
まだ自分が知らない景色や文化・色んな人との出会いの毎日を送っていました。
時に運悪く宿が取れず、路上で寝る時もありましたが笑。
また、僕は子供の頃から海が好きで、学生の時に取得したスキューバダイビングをずっと続けていて、
日本国内に限らず、海外にもよく潜りに出かけていました。
水泳も子供の頃から習っていたことから、スキンダイビングも習得して、イルカやクジラと泳ぐこともよくあります。

(@宮古島)
(時には水中洞窟へ@メキシコ)

(野生の雄イルカたちとの戯れ)
ただ、色んな海を潜っていく中で、海中に海ごみが流れているのを見つけたり、ビーチから潜ろうとした時に海ごみをかき分けて潜っていく光景を目にしていました。
特に印象的だったのは、イルカと泳いでいる最中です。
水深10mぐらいのところでイルカと泳いでいた時に、イルカが海底に沈んでいた白い物体を口に加えて僕の目の前に持ってきました。
よく見ると、レジ袋のかけらだったんです。
イルカがわざわざ遊び心で僕の目の前にモノを運んできてくれたという嬉しさの反面、
正直、「海ごみ」が沈んでいるという悲しさも感じました。
それから、世界中の海を潜り続けるなかで、どうしても目に入るものがありました。海面に漂うプラスチック、海底に沈んだゴミ、美しい海であればあるほど、そこに混じるゴミが目に刺さりました。
2.約20年前に訪れた対馬と、約3年前に訪れた対馬のギャップ
長崎県・対馬は福岡県と韓国•釜山のちょうど中間に位置する日本海にある離島です。

対馬は僕の父の実家でもあり、子供の頃に何回か父に連れられて、対馬を訪れては海で遊んだりしていました。
(家の前の海)
僕が小学生になる前後ぐらいだった気がするので、今から約20年前ぐらいですかね。
その時は、海ごみ問題が存在すること自体、あまりイメージがなかったんです。
しかし、社会人になって、全国旅をしている中で、一人で対馬に訪れる機会がありました。
その時に参加した地元NPOのスタディツアーで案内された海岸を、今でも鮮明に覚えています。
(@対馬のとある海岸)
この光景を目にした時は、とてもびっくりしました。
「なんだこれ?」
「子供の頃に訪れた時、こんなにごみあったっけ?」
一瞬、目を疑いました。。。
人があまり立ち入らない浜辺には、ペットボトル、漁具、ポリタンク、元々どういうものだったか原型を止めていないプラスチックの破片が、びっしりと打ち上げられていました。
ペットボトルやポリタンク等には、韓国語・中国語で書かれているものも多くありました。
もちろん、中には日本語で書かれたゴミもあります。
その後ネットで色々調べてみたら、「対馬は日本でも有数の漂着物が多く流れ着く島」というような記事が大量に出ていました。日本と韓国の間に位置するこの島には、対馬海流に乗って、国境を越えたあらゆるものが流れ着いてしまうとのこと。
「いつの間に、対馬は多くのごみが流れ着く島になったんだ?」
僕は少し憤りを感じました。
子供の頃はよく海で遊んでいて、田舎の美しい自然豊かな島というイメージしかなかったですが、今や世間では漂着物が多く流れ着く島として、知れ渡っている状態。
透き通った海と豊かな自然を持つ島が、同時に膨大なゴミが流れ着いている状況。
その現実を目の当たりにしたとき、悲しさよりも先に、強い思いが込み上げてきました。
「対馬を、ゴミの島だと思われたくない。自分でも何かできることをしたい。」
これまで、海に行くたびに、海ごみ問題は心のどこかで引っかかり続けていました。
でも「一人の力ではどうにもならない」と、どこかで諦めていたのも正直なところあったかもしれません。
しかし、対馬の浜辺でその現実を直視したとき、もう見て見ぬふりはできないと思い、今から約3年前に対馬に移住をしました。
3.「AHORA」――今、私たちは何をすべきか

海ごみ問題は規模が大きく、対馬に流れ着いたゴミをなくすには、ごみを回収する仕組みとお金が必要です。ただ、僕個人ではそんな力もなく、もちろん資金力もない。
それよりも、対馬がゴミが多く流れ着く島という情報が回っているのが、正直良いとは思えませんでした。ただ、だからといって今対馬に流れ着いている海ごみ問題の現状を伝えないわけにはいけない。
海は繋がっているので、各土地から流れ出たゴミが海流に乗ることで、対馬には海外のゴミが大量に流れ着いている現状です。そこから、海ごみ問題は、対馬だけの問題ではなく、世界中の人間の問題であると考えています。また、海ごみ問題は対馬に限らず、他の地域でも同様に起きています。対馬はそのうちの一例に過ぎません。
海ごみが大量に流れ着いている海岸には、プラスチックの香りが漂っていたりします。もちろん、波で削れて大きさが5ミリメートル以下の微小なマイクロプラスチックもたくさん打ち上げられています。
地元の方々はこの問題と隣り合わせになりながら毎日を過ごされています。
多くの人は、海ごみ問題という言葉は聞いたことはあるけど、実際に目の当たりにしたのは、まだ少数ではないでしょうか。特に海にあまり触れる機会が少ない都会に住んでいると、自分ごととして中々捉えにくいのでは?と思っています。
まずは、多くの人に海ごみの現状を伝え、海ごみは全世界の人間の問題であること、一人一人が「今何をすべきか」を考え、一人一人ができることから少しずつ行動に移していく必要があると考えました。
何でもいいんです。使い捨てプラスチックは使わないようするとか。できる限り再利用するとか。ほんの小さなことでもいいと思っています。今利用しているプラスチックが海ごみとなってどこかの海や海岸に流れ着いてしまう可能性があることを認識することから始めることが大切だと考えています。
ただそこで一つ引っかかることがありました。
対馬の海ごみの現状を全面に伝えるだけだと、対馬に海ごみが多く流れ着くイメージに対してあまり意味がないなと。逆に助長しかねない。海ごみの現状の伝え方は少し検討が必要だと思いました。
僕が伝えたいのは、
「対馬にはこんな素晴らしい自然がある一方で、全国的にも問題になっている海ごみ問題が対馬でも起きている。今人類はこの問題に対してどうすべきか問われている」
ということです。ただ、どのように伝えていけば良いか悩んでいました。
そこで、たまたま、海洋プラスチックをアップサイクルしてモノを作っている人と出会う機会がありました。そこで体験でペンを一本作りました。

その数時間が、小学生のときに夢中でモノをつくっていた感覚をそのまま呼び覚ましたのを覚えています。
こうしたらいいんじゃない?と試して、失敗して、またやり直す。
気がつけばあっという間に時間が経っていました。そして、制作していく過程で、プラスチックの特徴が一つ判明しました。
それは、唯一無二性の色合いを出せることです。

「唯一無二の色合いを生かせたら、海ごみではなく、素材としても使えるかも?」
そう思うようになり、対馬で色々実験を行い、ようやくアクセサリーや小さな板材を作れるようになりました。
元々ゴミだったとは思わせないアップサイクルしたものを通じて、自分が伝えたいことを伝えられるかもしれない。元々捨てられて海に流れ出て忘れ去られたものが、再度人の人生の一部になる。その変換の瞬間に、対馬への想いとプラスチックの消費への問いを込めることができると思いました。
そして、「AHORA(アオーラ)」というブランドを始めました。
「AHORA」は、スペイン語で「今」を意味する言葉。今まで僕が海に潜ってきた中でも大好きな場所の一つであるメキシコの海。あの場所で感じた海への純粋な愛情と、人類への問いがこの一言に重なりました。
「今、海ごみ問題が起きている中で、今、私たちは何をすべきか。」
その問いを、作品を通じて届けたいなと。
特別な設備がなくても、個人の手で、拾ったものを価値あるものに変えられる。美しいものをつくることが、そのまま海への問いかけになる手段として、これ以上ないと思いました。
捨てられて、海を漂い、対馬の浜辺に打ち上げられたプラスチックが、再度誰かに必要とされ、その人の人生の一部になる。
その変換の瞬間こそが、「今、私たちは何をすべきか」という問いへの、現時点の僕なりの答えです。
次回は、AHORAを通じて僕が目指す未来について綴ろうと思います。





